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定年を前に崩れる心――男性更年期と“肩書の喪失”のリアル

ある会社での出来事だ。長年、部長職として現場を引っ張ってきた男性社員がいた。几帳面で責任感も強く、まさに「背中で引っ張るタイプ」の人間だった。だが、数ヶ月前に役職が課長に降格され、そこから彼の様子が激変した。

最初は誰もが「ちょっと元気がないな」程度に受け取っていた。しかし日を追うごとにミスが増え、判断の遅れや小さな報連相の抜けも目立つようになった。張りつめていた糸が切れたような、そんな印象だった。

実際に話を聞いてみると、彼の中では「部長」という肩書が、自分の存在意義そのものだったようだ。自分が役職に就いている限り、会社に必要とされている――そう信じてきた。だが、その肩書が外れた瞬間、「自分はもう役に立たない人間なのではないか」と、心の中の拠り所を失ってしまったのだ。

これは決して珍しい話ではない。40代後半から60代前後にかけて、多くの男性が経験する「男性更年期」は、身体的なホルモンバランスの変化だけではなく、社会的役割の変化と直結した“心の揺らぎ”を引き起こす。

特に、仕事中心で生きてきた人ほど、自分の価値を“肩書”や“ポジション”に重ね合わせてきた。だからこそ、昇進には燃えるが、降格や定年退職が近づくと、一気に心のバランスを崩してしまう。

本来、人生の目標というのは、若いときから明確に描いておくべきものだ。「自分の人生どうなっておきたいのか」「どんな人間になりたいのか」。そういった問いを軸に、今やるべきことを決め、経験を積み、人生の目標に向かって歩んでいく――本来はそれが、人生を主体的に生きるということだ。

しかし現実はどうだろうか。多くの人は「良い会社に入ること」こそが目標だと思い込み、そこに向かって全力で努力する。受験をし、資格を取り、就職活動に懸命になる。それ自体は否定しない。むしろ尊いことだ。

だが、入社をゴールにしてしまった瞬間から、人生の本当の目的は見失われていく。会社に入ったあとは、与えられた目標を追いかけ、昇進を目指し、組織の中で評価されることにエネルギーを注ぐ。気づけば、日々の忙しさに追われ、「自分は本当にどこに向かっているのか」を考える余裕などなくなっている。

そして定年が近づくころ、「さて、これから自分はどう生きるべきか」と改めて立ち止まったとき、心にぽっかりと空白が生まれる。人生の目標を描き直すべき時期なのに、描き方がわからない。それは、若いころに「人生のゴールではなく、途中の“通過点”としての仕事なんだと」を意識してこなかったことが、大きく影響している。

仕事は人生のすべてではない。しかし、仕事に誠実に向き合ってきたからこそ、その先にある“人生そのものの目標”を、もっと真剣に考えてほしい。

どんな生き方をしたいのか。誰と、どんな時間を過ごしたいのか。何を残したいのか。そして、何に感謝しながらこの人生を終えたいのか。

それを持っている人と、持っていない人とでは、同じ年齢を重ねても“深み”がまったく違う。人生は入社で終わりではない。むしろ、そこからが本当の始まりなのだ。

人生において、本当に重要なのは、「自分の生き方をどう全うするか」という問いだ。それは、定年が近づいてから慌てて考えるものではなく、本来はずっと自分の中に置いておくべき“人生の芯”である。

仕事に真剣に向き合ってきた人ほど、自分を「働く自分」に重ねすぎてしまう。昇進、業績、信頼、責任――そうしたものにエネルギーを注いできたからこそ、それがなくなったとき、ぽっかりと心に穴が空いてしまうのだ。

でも、肩書や評価が外れても、あなたの価値は決して消えない。むしろ、そこからが“人間としての真価”を問われる時間だ。「会社の誰か」ではなく、「一人の人間」として、どんな姿を見せられるか。それは、あなたがこれから出会う人の心に、どんな生き方を残せるかという問いでもある。

たとえば── 誰かに頼られる存在でいること。 家族との時間を丁寧に育てること。 経験を次の世代に手渡していくこと。 社会に小さな光をともすような役割を持つこと。

そんな生き方に、名前や役職はいらない。必要なのは「どう生きたいか」という自分自身の問いかけに、真正面から答える覚悟だ。

今、あなたは何を目指していますか? 定年後に何を残したいと思っていますか? 仕事という看板を外したあとに、どんな人生のビジョンを描いていますか?

崩れる前に、一度立ち止まってほしい。少しだけ静かに、自分の内側に問いかけてほしい。「自分は、これからどう生きていきたいのか?」

その答えは、他の誰かが決めてくれるものではない。これまでの人生を支えてきたあなた自身が、自分の手で見つけるしかない。

人生は、まだ終わっていない。いや、これからが本番なのだ。どう生きるかがすべて。肩書ではなく、生き様が問われる時代が、もう始まっている。

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