
経営は、経営者の性格や資質によって大きく左右されます。これは決して誇張ではありません。経営者の価値観や判断基準は、企業の方針や文化に強く影響を与え、社員の行動やモチベーションにも直結します。
今回の話は、引きこもりの5代目経営者に関する話です。金融機関の依頼により経営改善を目指した経営指導の現場で、経営者の性格と資質がどのように企業の命運を左右したのかを見ていきます。
5代目経営者との出会い
この会社とのご縁は、金融機関からの依頼でした。売上げが下がり利益がでない、このままでは倒産するかもしれないということで、私が経営改善のために経営指導をすることになったのです。
しかし契約に至るまでに一筋縄ではいかない状況がありました。
5代目経営者に「なぜ契約書に判を押さないのですか?」と尋ねたところ、彼はこう答えたのです。
「幹部社員の一人に口うるさい人がいて、会議でも私に対して罵詈雑言を浴びせる。これは私だけでないのです、他の幹部社員にまで大声で罵倒するので、その人の機嫌がいい時に契約を進めるつもりです。」
私は、5代目社長にとって先代の古参社員が目の上のたんこぶのような存在なのだろうと推測しました。しかし、後にその古参社員がなぜ口うるさいのか、その理由を知ることになるのです。
さらに、5代目社長が経営を継ぐことになった背景にも注目しました。先代である4代目社長は地元でも名の知れた実力者で、圧倒的なリーダーシップを発揮していました。対照的に、5代目社長は幼少期から厳しい父の背中を見て育ち、自信を持てないまま専務として会社に入社。父の存在に圧倒され続け、十分な経験を積むことなく社長の座に就くこととなったのです。
口うるさい幹部社員との対話
幾日か経ったある日、5代目社長から「一度、幹部社員に会ってください」と依頼を受けました。会議室で待っていると、大柄な体格の幹部社員が低い声で丁寧に挨拶をしてきました。
約30分の対話の中で、彼は真摯に語りました。そして最後に、彼はこう言いました。
「川原さん、あなたと話をして、やっと肩の荷がおりました。どうか、この会社を潰さないでください。」
その言葉を最後に、彼は1か月後に退職しました。彼の言葉の重さを胸に、私は本格的に経営指導を開始しました。
この幹部社員は、決して口うるさいだけの存在ではありませんでした。彼は会社の未来を案じ、無策な経営に対して危機感を抱いていたのです。彼の叱責は、経営者への期待と責任感の裏返しだったのかもしれません。
経営指導の開始と現実の把握
経営指導を始めると、会社の実態が次々と明らかになりました。
幹部社員は5名在籍しており、営業・店舗運営・経理・工場管理・品質管理を担当しています。しかし、経理担当を除いて全員の社歴は3年未満。有名企業で役職を歴任した経歴を持つものの、実際の現場経験は不足していました。
従業員は約50名在籍していましたが、幹部社員同士の連携が取れておらず、協力体制が整っていませんでした。各幹部社員は自身の意見を主張し、互いの非難を繰り返すばかりでした。
さらに、現場の意見は社長に届かず、指示系統は混乱。社長は「自分が決めるのではなく、みんなが納得する形にしたい」と発言し、責任から逃れ続けていました。
経営者の責任放棄
5代目社長は、事あるごとに私に「川原さん、あなたが経営をしてください」と言いました。
しかし私は、「私は経営コンサルタントであり、経営指導のために来ています。経営は社長の責任です」と何度も伝えたのです。
そのやり取りを続くなか、大きな問題が起こったのです。
社長室に引きこもる5代目社長の席を、工場に移すよう説得し了承も得ていたのですが、飛び込みで採用面接に来た男性を、意気投合したという理由で工場長に任命したのです。
新たな工場長を迎えたために現場が混乱しました。工場長としての適性がない人物が突然就任し、現場の従業員が困惑する中で、社長は事態を放置していました。
さらに、社長自身が社員との対話を避け、事務所にこもる日々が続きました。指導するたびに「考えておきます」という返答が繰り返され、実行に移されることはありませんでした。
ここ1~2年は売上げや利益も回復し、落ち着いたかのように思えたのですが、いつしか私の役目が口うるさい幹部社員の代わりになっていたことに気づき、このままでは5代目社長が舵を取らない状況になると思い、飛び込みで採用面接に来た男性を新たな工場長に任命したことで、この会社の経営指導を終わらせることにしたのです。
崩壊への道
後に聞いた話ですが、この会社は5代目社長の無責任な姿勢は社員の間にも広がり、会社全体の士気を著しく低下させました。現場の混乱は深まり、幹部社員同士の不信感も増大。優秀な社員は次々に辞めていきました。
新たに招かれた工場長も、状況を改善するどころか更なる混乱を招きました。現場で働く従業員たちは、もはや何を信じてよいのか分からない状態に陥りました。
そして、2年後。この会社はついに破綻しました。
経営者としての覚悟の欠如が招いた破綻
この事例が示すように、経営者の性格や資質は企業の未来を左右します。経営者としての覚悟を持たず、人任せの姿勢で逃げ続けることは、社員の信頼を失い、企業の存続を脅かすのです。
経営者に必要なのは、現場に向き合い、社員の声に耳を傾け、組織を率いる責任を果たす覚悟です。覚悟を持った経営者がいる限り、企業は成長し続けることができるのです。
1. 経営者の性格が与える影響
経営者がリスクを恐れず挑戦するタイプであれば、企業は革新的な取り組みを推進しやすくなります。一方で、慎重で堅実な性格の経営者であれば、安定した経営を重視する傾向が強まります。どちらのタイプにも長所と短所があり、状況に応じたバランスが重要です。
また、コミュニケーション能力に長けた経営者は、社内外の信頼関係を築きやすく、円滑な組織運営を実現します。逆に、ビジョンを持ちながらもそれをうまく伝えられない場合、社員の方向性が定まらず、組織全体の士気が低下してしまう可能性があります。
2. 経営者の資質が経営判断を左右する
経営者に求められる資質の一つは「決断力」です。市場の変化に迅速に対応するためには、情報を的確に分析し、最善の判断を下す力が必要です。優柔不断な姿勢は、ビジネスチャンスを逃す原因になりかねません。
さらに、「柔軟性」も重要です。状況が変われば、過去の成功体験に固執せず、柔軟に方向転換できる経営者が求められます。これに加えて、社員の声に耳を傾け、現場の意見を取り入れる姿勢も欠かせません。
3. 経営者の性格を活かすために
すべての経営者が完璧な資質を持っているわけではありません。大切なのは、自分の強みと弱みを正しく理解し、適切に補完することです。
例えば、決断力に優れる一方で慎重さに欠ける場合、リスク管理に長けた参謀役を配置することでバランスを取ることができます。また、ビジョンを伝えるのが苦手であれば、コミュニケーションの専門家や広報担当者と連携することで、メッセージを効果的に発信できます。
4. 経営者として成長し続ける姿勢
最後に、経営者自身が成長を続けることが、企業の持続的な成長に直結します。新しい知識を学び、視野を広げることはもちろん、自己分析を行いながら常に自己改革を目指す姿勢が求められます。
経営は単なる数字の管理ではなく、人と組織を導く総合的な仕事です。自らの性格や資質を理解し、それを最大限に活かしながら、組織を成長へと導いていくことこそが、真の経営者の役割なのです。