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タイパー世代にどう向き合う?(人手不足・育成困難な中小企業が今こそ見直すべき“時間の価値”)

「今どきの若者はすぐ辞める。根性がない」。
そんな声を、経営者や現場のリーダーたちから耳にすることは少なくない。だが、その言葉の裏側には、企業としての“見逃せない問題”が隠れている。

たとえば、ある地方の建設会社。創業50年、社員数は60名ほど。現場中心の会社で、これまで新卒採用や体系的な社員教育に取り組んだことはなかった。いわば、“現場で覚えろ”が社内の常識。社長も管理職も、長年この業界を経験してきた中途入社組ばかりで、若手との関わり方に慣れていない。

「うちはアットホームだし、厳しい会社じゃない」。
そう語る社長だが、社員が育って定着している実感はあまりない。数年前に「若返りを」と思い立ち、専門学校から3人の新卒を採用した。だが、半年も経たないうちに2人が退職。残った1人も、指示待ちで自分から動かない、と現場での評価は芳しくない。

いったい何が起きているのか。

実は、こうした企業に共通するのが、「社員教育」と「コミュニケーション設計」が極めて曖昧だという点だ。
入社後の研修は形式的なオリエンテーションのみ。配属先の上司や先輩に「教えておいて」と丸投げされ、現場では「見て覚えろ」「言われたことをやれ」が繰り返される。だが、どこまでが正解で、どうすれば評価されるのかが明示されない。声をかけても忙しそうにされ、質問できる空気もない――そんな状況が、新人にとってどれほど不安をもたらすか、想像してみてほしい。

辞めていった1人は、後日こう語っている。

「自分なりに頑張っていたけど、何を評価されているか分からなかった。何がダメだったのかも教えてもらえない。怒られない日はホッとするけど、それが成長している証拠かどうかも分からない。不安しかなかったです」

実はこうした不安こそが、いまの若者世代にとっての“働きづらさ”の核心だ。
努力が報われる実感がない。成長の手応えがない。そして、自分の存在がこの職場に必要とされているのかが分からない。
これでは、モチベーションが保てるはずがない。

こうした背景のなかで注目されているのが、「タイパー世代」というキーワードである。
彼らは、“時間の効率”を何より重視する。だがそれは、ただの「せっかち」ではない。
成長の実感や意味のある時間を過ごしたいという、極めて合理的な志向の表れなのだ――。

タイパー世代とは何者か?

いま、20代を中心に広がっているのが「タイパ」、すなわち「タイムパフォーマンス(時間対効果)」という価値観だ。彼らは何よりも「時間の使い方」に敏感で、そこに明確な“リターン”がなければ、その行動に価値を感じない。

動画は1.5倍速〜2倍速で観るのが当たり前。
結論の見えない会議は「時間の無駄」だと感じるし、SNSでは15秒以内に要点が伝わらなければスキップされる。
彼らは「努力」や「頑張り」を否定しているわけではない。だが、“何のための努力なのか”が分からなければ、時間を費やす気にはなれないのだ。

つまり、彼らは「頑張ること」より「成長すること」に時間を使いたいと考えている。
「時間を投資するからには、自分が成長したと実感したい」
これが、タイパー世代の根底にある思考回路であり、行動原理である。

したがって、ただ現場に放り込んで「とりあえずやってみろ」「見て覚えろ」という昭和型のOJTでは、彼らにとっての“投資価値”を見出せない。
育成の意図が見えない環境では、「この会社にいて、自分はどうなれるのか」が分からず、すぐに見切りをつける。それは怠けでも根性なしでもない。彼らにとって、それが“合理的判断”なのだ

「なぜ辞めるのか」ではなく「なぜ居続けられないのか」

ここで中小企業の多くが陥るのは、「若者がすぐ辞める」という“結果”だけに目を向けることだ。
だが本当に問うべきは、「なぜ辞めるのか」ではない。
**「なぜ、この会社に居続けたいと思えなかったのか」**である。

・誰が育成担当なのかが曖昧
・明文化された評価基準がない
・1年後、3年後の成長イメージが描けない
・質問できる空気も仕組みもない
・「できない理由」を叱られるだけで、フォローがない

こうした職場環境が、“時間を大事にしたい”若者たちにとって、「成長ができない場所」に映ってしまっているのだ。

さらに厄介なのは、多くの中小企業が「社員教育」や「キャリア設計」といった概念そのものを、“大企業の話”と捉えてしまっていることだ。だが、人数が少ないからこそ、教育や成長設計は「見える化」していないと伝わらない。放任は自由ではなく、むしろ不安を生む

1,中小企業に立ちはだかる「育成という壁」

いまや多くの中小企業、とくに人手不足が慢性化している建設業や製造業、小売業といった現場主体の業界では、経営者や管理職の口癖がある。
「教える余裕がない」――。「若者とどのように接したらいいのか分からない」――。
人手が足りない中で日々の業務に追われ、教育にかける時間や仕組みを作ることが後回しになるのだ。

先述の60代の建設会社社長も、若手の離職に悩みながらも、具体的な育成の仕組みはなかった。
「仕事を覚えるには現場で経験を積むしかない」という昭和の考え方が根強い。マニュアルも、育成プログラムもなく、ベテランは「教えるのは面倒だ」「俺たちの時代は見て覚えた」と言い放つ。
新人は「空気を読んで、自分の居場所を見つけろ」と言われ、ひたすら現場に連れ出されるだけだった。

こうした環境下で、若手社員は次のような感情を募らせていく。
「いつまで経っても自分が成長しているという実感が持てない」
「何を求められているのか分からず、不安になる」
「ただ時間だけが過ぎていき、成果や評価につながっているのか疑問だ」

この“時間の浪費感”こそが、若者たちが退職を決断する根本的な理由なのだ。

この事実は、中小企業が真正面から向き合わなければならない課題を示している。
それは、**「育成の仕組み化」**である。
経験則や感覚に頼る昭和の「教える文化」を捨て、誰もが理解できる形で教育計画を設計し、計画的かつ効果的に成長を促すことが求められている。

2,昭和の価値観 vs 令和の感性:すれ違いの構図

そもそも、昭和的な経営・労働観は、長い時間をかけた信頼構築の上に成り立っていた。
「努力を見て評価する」
「我慢して辛抱強く覚えろ」
「育って初めて認める」

これが労働者としての“正しいあり方”とされ、苦労は美徳だった。
しかしこのやり方は、タイパー世代の価値観とは根本的に異なる。

タイパー世代は、どんな行動も「この時間が何につながるのか」が明確でなければ動かない。
説明のない仕事は、単なる目的不明の苦行に映る。
彼らが企業文化や上司の人間性を否定しているわけではない。
ただ、時間を**“自分の成長に投資したい”**という願望が強いのだ。

この価値観の違いは、組織内の摩擦やコミュニケーションギャップを生みやすい。
昭和の先輩たちは「若者は根性がない」と嘆き、若者たちは「会社は時間を無駄にするだけ」と感じている。
そこに埋まらない溝があるのだ。

3,事例:タイパー世代を活かした建設業の小さな改革

では、育成の壁をどう乗り越えるか。
同じ建設業の別の中小企業では、2年前から若手社員の離職を減らすために、意識的に育成の仕組みを作る小さな改革を始めている。

この会社もかつては、若手がすぐ辞めてしまうことに頭を抱えていた。
社長も「現場に放り込むだけで育つ時代はもう終わった」と強く感じていた。

そこで、社長はあえて若手社員の「時間を無駄にしたくない」という感覚に寄り添い、彼らの価値観に合った育成の仕組みづくりを決断したのだ。

具体的には次の3つの施策を柱としている。

①.仕事の全体像を5分で説明できる「業務マップ」の作成

現場での仕事は複雑で多岐にわたり、新人が何をやっているのか自分でも分からなくなることが多い。
そこで、仕事の流れや役割分担をビジュアル化した「業務マップ」を作成。
これを新人に5分間で説明することで、「自分がこの会社の中でどの位置にいて、何を達成すべきか」が明確になる。
この全体像の理解が、現場での自律的な行動や意欲のベースになるのだ。

②.新人向け「1週間ごとの達成目標と振り返りシート」の導入

小さな目標を区切りながら進めることで、進捗や成長が可視化される。
毎週「今週はここを覚える」「この作業をできるようになる」と具体的に設定し、振り返りシートで自己評価と上司のフィードバックを記録。
これにより、若手は「ただ時間が過ぎるだけ」という感覚から脱し、自分の成長を実感できる。
また、振り返りの時間があることで、指導側も教え方を改善しやすくなった。

③.ベテラン向け「教えるための3つの手順書」と週1回のOJTレビュー

ベテラン社員にとって「教えること」は負担であり、教え方がバラバラなのが課題だった。
そこで、「まず仕事の全体像を説明する」「具体的なやり方を見せる」「実際にやらせてフィードバックする」という3段階の手順書を作成し配布。
さらに、毎週1回のOJTレビューを導入し、教える側が進捗を確認し合い、教え方の質を高める場を設けた。

この取り組みは、教える側と教わる側双方の負担感を減らし、育成を仕組みとして回すための布石となっている。

社長は当初、こうした取り組みに対し、社員から強い反発があったことを正直に話す。
「最初は、若手もベテランも『そんなの無駄だ』と言った。特にベテランは、『自分たちはそんな面倒なことやってこなかった』と不満を漏らしていた」

しかし、継続するうちに若手の表情が次第に変わっていくのが見て取れた。
「明らかに目がイキイキとしてきて、やる気が感じられるようになった。『何をすればいいか分かる』と彼ら自身が口にするようになったんだ」

結果として、若手社員の離職率は激減。
そして学生の間でも「この会社は面倒を見てくれる」と評判が立ち始めた。

社長はこう言う。
「何より嬉しいのは、若者たちに『時間をかける価値がある』と感じてもらえたことだ。
これは単なる業務改善ではなく、会社と若手社員との間に新たな信頼関係が生まれた証だと思う」

なぜこの改革が効いたのか?

この改革が成功した背景には、単に「仕組みを作った」以上の意味がある。

  • 若手の「時間の使い方」に対する感覚を尊重したこと
    彼らは「無駄な時間」を極端に嫌う世代だ。
    だから、何のための時間かが分かるように目標を明示し、成長実感を得られる仕組みにした。
  • 教える側の負担感を減らし、教え方を標準化したこと
    「面倒」という感情は育成を阻む最大の壁だ。
    だから、ベテランにもわかりやすい手順書と週次レビューを用意し、負担を分散・軽減した。
  • 時間をかける意味を双方で共有できたこと
    「時間をかける」ことがただの苦行や労苦でなく、成長と信頼の証だと体感できた。

こうして、この小さな建設会社は、昭和的な「放置育成」から脱却し、令和の価値観に沿った育成文化へと少しずつ変わり始めているのだ。

最後に、育成の仕組み化がもたらす未来 ~投資としての「時間」と信頼の再構築~

多くの中小企業が抱える共通の課題に「教える余裕がない」「育成に時間を割けない」という現実がある。忙しさに追われる中で育成は後回しになりがちだが、この状況を放置すれば若手社員は「消耗品」のように扱われ、早期離職が繰り返される負のスパイラルから抜け出せない。ここにこそ経営者の覚悟が求められている。

育成は決して“コスト”ではなく、将来の企業の成長を支える“投資”であるという認識の転換が必要だ。時間と労力をかけて育成の仕組みを整えた企業は、若手に「ここで成長できる」「自分の時間が無駄にならない」という安心感を与えられる。それは若者にとっての“時間投資のリターン”そのものであり、単にスキルが身につくだけでなく、「自分が認められている」「成長を実感している」という自己肯定感と安心感の醸成につながる。

一方、昭和的な根性論や「見て覚えろ」という教え方は、効率と成長を重視する令和の若者には響かない。「この努力が何につながるのか?」が分からなければ納得せず、説明なしの仕事は苦行と感じられてしまう。だからこそ、小さな目標設定や振り返りの仕組み、丁寧なフィードバックが欠かせない。これは単なる教育の方法論を超え、経営者と社員の間に「信頼の回路」をつくることだ。

この信頼の回路が動き出すと、若手は「ここで頑張れば成長できる」という未来を信じて残るようになる。その結果、社員の離職率は下がり、社外からも「面倒見のいい会社」という評判が広がり、採用力も強化される。さらに、「育成が当たり前」の文化が根付くことで、組織全体のレベルアップと持続的な成長が実現する。

未来の中小企業経営者には、育成に時間を割くことを「負担」ではなく「未来への投資」として捉え、令和の若者の価値観に寄り添った仕組みづくりに挑戦する覚悟が求められている。これができなければ、人手不足と離職率の悪循環は続くが、乗り越えられれば強く持続可能な組織を築くことができる。未来は、そんな経営者の手に委ねられているのだ。

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