こう聞かれて、すぐに答えられる人は、意外と多くありません。「部下の管理」「数字の責任」「会議の進め方」。そんな答えが浮かぶかもしれません。
では、その立場になってから、あなたの言葉や態度は、周りにどう届いていると思いますか。
部下は、上司が思っている以上に、上司を見ています。何気ない一言、機嫌の悪い朝の表情、会議でのため息。それが部署の空気を決め、ときには部下が辞めていく理由にもなります。
立場が上がると、人は何を学ぶのでしょうか。権限、責任、数字。どれも大切です。しかし、私が役員だったころに投げかけられた一つの問いは、もっと根本的なことを教えてくれました。
品川での食事の席で
前の会社で役員を務めていたころのことです。かつて世界を股にかけ、巨大なスーパーマーケットを築き上げた経営者がいました。その会社は、やがて倒産しました。その後、ご夫妻は、その経験を伝えるために、日本全国で講演活動をされていました。
私は、その経営者とセミナーをご一緒する機会をいただきました。
ある日、その経営者ご夫妻と、当時勤めていた会社の代表、そして私の4人で、品川プリンスホテルで食事をしました。
その席で、奥さまが私にこう尋ねられました。
「川原さん、役員として何を学びましたか?」
私はこう答えました。
「苦労を学びました。そして、私の言動が周囲や部下に大きな影響を与えていることが分かり、気を遣うことを学びました」
奥さまは、こうおっしゃいました。
「それはいいことを学びましたね。人の気持ちを知らないと、足元をすくわれますね。私は、自宅にあるドレスを着るよりも、毎日ごちそうを頂くよりも、こうして秋刀魚定食を食べている方が幸せです」
危機は、香港で知らされた
この会社の社長が、会社の危機を知ったのは、香港にいたときのことでした。日本にいる役員から、金融機関が資金の回収に動いているという知らせが入ったのです。
奥さまの言葉には、こんな思いが込められていたのではないかと、私は考えています。
お店が小さかったころは、お客さまに喜んでもらおうと、お客さまの声に耳を傾けていた。人に気を遣っていた。ところが、お店が大きくなるにつれて、お客さまの声どころか、身内の声さえ聞かなくなる。気を遣う側から、周りに気を遣われる側になる。そして人は、やがて傲慢になっていく。
力を持つ者は、常に相手の話に耳を傾けなければならない。**上に立てば立つほど、頭を垂れるくらいでなければならない。**部下が上司に気を遣うような組織では、本当のことは上に届かない。奥さまは、そう伝えたかったのかもしれません。
あの日、私は「気を遣うことを学んだ」と答えました。しかし、本当に大切なのは、部下に気を遣わせない上司であることだったのだと思います。
立場が上がるほど、言葉は重くなる
役職が上がると、自分の一言が、部下の一日を変えてしまうことがあります。何気なく言った言葉が、部下には命令に聞こえる。ため息ひとつが、不満として伝わる。部下は上司の顔色をうかがい、悪い知らせほど口にしなくなります。
ところが多くの会社では、役職に就いた人が、社員だったころの延長線上で仕事を続けています。プレーヤーのまま、自分の仕事の成果だけを見ている。自分の言動が周りにどう届いているかに、気づいていないのです。
多くの会社には「管理職の定義」がない
なぜ、こうなるのでしょうか。多くの会社では、管理職の給料は決まっていても、**管理職とは何をする人なのかが決まっていません。**誰も教えていないのです。「リーダーシップを発揮しろ」と言われても、何をすればいいのか分かりません。
その結果、管理職がプレーヤーのまま仕事を抱え込む。部署と部署の連携がとれない。力のある管理職が、他の部署にまで口を出す。どれも、管理職が自分の立場を分かっていないことから起きています。
管理職の仕事は、2つしかない
私は、管理職の本当の仕事は2つだけだと考えています。部下を育てること。そして、会社の理念を浸透させることです。
業績を上げる、業務を改善する、報告する、計画を実行する。これらも大切な責任ですが、私はこれを「業務」と呼んで、仕事とは分けて考えています。
部下を育てることも、理念を浸透させることも、人の気持ちが分からなければできません。
現場では、まず「立場」を理解させる
私が指導に入る会社では、まず社員全員にアンケートと面談を行い、社員が自分の上司をどう見ているかも聞きます。管理職は、そこで初めて、自分が部下からどう見られているかを知ります。
そのうえで、一人ひとりに自分の立場を理解させ、自分の部署の中の問題、そして部署と部署の間の問題へと、順に改善させていきます。打ち合わせでは、自分の主張ではなく、自分の部署の足元の問題と、その進み具合を出させます。
最後に
**人は、肩書きにはついてきません。自分の話を聴いてくれる人に、ついてきます。**上に立つ人が頭を垂れる会社では、悪い知らせも早く届き、人も定着します。
この話は、私の著書『今のやり方で、会社は存続できますか? 経営者の“たった一言”で、人が定着し、組織が活性化する』にも書いています。
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