
1.社員が辞める表面的な理由は “やる気や能力不足”ではない
経営者が最も直面したくない現実は、「真面目に働き、能力もある優秀な社員から辞めていく」という事態です。現場を必死に回し、会社を支えてきたはずの彼らが、なぜ突然「辞めます」と言い出すのか。
多くの場合、経営者はその原因を「個人の資質(やる気、忍耐力、キャリア観)」に求めがちです。しかし、それは大きな間違いです。彼らが去る本当の理由は、個人の能力不足ではなく、**組織の“前提”が崩壊しているという「構造の欠陥」**にあります。
本稿では、なぜ「真面目な組織」ほど、構造の歪みによって社員を追い詰めてしまうのか、その深層を深掘りします。
1)「現場の必死さ」が隠蔽する組織の不全
真面目な社員が多い組織ほど、表面上はうまく回っているように見えます。トラブルが起きても、誰かが深夜まで残ってカバーし、無理な納期も現場の「頑張り」で解決してしまう。経営者はその光景を見て、「うちの社員は一丸となって頑張っている」と安心します。
しかし、ここに大きな罠があります。 この「必死さ」は、組織としての仕組みが機能していない分を、個人の自己犠牲で埋めている状態に過ぎません。
・本来、組織がルールとして解決すべき「判断の迷い」
・本来、システムが解決すべき「情報の二度手間」
・本来、上司が整理すべき「業務の優先順位」
これらが放置されたまま、すべてが現場の「善意と根性」に丸投げされている。この状態が続くと、社員は「いくら頑張っても、状況は一向に改善されない」という無力感に襲われます。彼らが辞めるのは、やる気がないからではありません。**「自分のやる気が、構造の欠陥を埋めるためだけに浪費されている」**ことに気づき、絶望するからです。
2)組織の“前提”とは何か:道理なき経営の代償
経営には、人が集まって目的を達成するための「道理(原理原則)」があります。この道理が整っていない状態で人を増やし、仕事を増やしても、摩擦熱で組織が焼き付くだけです。離職の本質的な原因となる「前提の欠如」は、主に以下の3つの構造に集約されます。
① 「共通目標」が個人の負担にすり替わっている
組織の三要素の一つである「共通目標」は、本来、社員を鼓舞し、判断の指針となるべきものです。しかし、構造が歪んだ会社では、目標が単なる「ノルマ」や「強制的な義務」としてしか機能していません。 なぜ、この目標を達成しなければならないのか。この会社で働くことが、自分の人生の価値とどう繋がっているのか。この「接続」が断たれたまま、ただ数値だけを追いかける現場では、真面目な人間ほど「自分は何のために命を削っているのか」と自問し始めます。
② 「意思疎通」という名の「指示待ち構造」
「報告・連絡・相談」を徹底させていても、意思疎通が機能しているとは限りません。 情報が正しく共有されていない、あるいは「社長の顔色を伺ってからでないと動けない」という空気がある場合、それは意思疎通ではなく、単なる「忖度」です。 真面目な社員は、会社のために自分で考え、提案しようとします。しかし、それを阻む壁(上司の無理解、古い慣習、責任の押し付け合い)があるとき、彼らは「この組織で自律的に動くことは不可能だ」と判断します。
③ 「意欲動機づけ」が報酬に依存しすぎている
給料を上げれば人は辞めない、と考える経営者は少なくありません。しかし、現場を支える中核社員ほど、報酬だけでは動きません。彼らが求めるのは、**「自分の仕事が正当に認められ、成長を実感できる環境」**です。 どれほど必死に現場を回しても、それが「当たり前」として処理され、何のフィードバックも得られない構造。あるいは、頑張った人間ほど損をする(仕事が集中する)不公平な構造。これが、意欲という名のガソリンを枯渇させます。
3)属人依存:社長という「神」への依存が招く限界
中小企業の多くが抱える最大の構造的問題は、**「社長の頭脳がすべてのOS(基本ソフト)になっている」**ことです。 判断の基準、顧客との折衝、技術の核心。これらすべてが社長個人の経験値に依存し、組織として言語化・仕組み化されていない。この「属人依存」の構造では、社員はいつまでも「作業員」の域を出ることができません。
真面目な社員は、いつか自分も経営の一翼を担いたい、あるいはもっと責任のある仕事をしたいと願っています。しかし、社長がすべてを決めてしまう組織では、彼らに与えられるのは「責任」ではなく「義務」だけです。 「任せてもらえない」「信頼されていない」という感覚は、有能な人間にとって、どんな重労働よりも耐え難い苦痛となります。
4)PDCAサイクルが「責任回避」に使われる悲劇
PDCAサイクルは、本来、生産性を高めるための前向きな仕組みです。しかし、離職率の高い組織では、これが「犯人探し」や「責任の押し付け」に使われています。
P(計画): 無理な計画が上から降ってくる
D(実行): 現場が死に物狂いで対応する
C(確認): 失敗の理由を問い詰められる
A(改善): 現場の努力を強いるだけの「精神論」に終わる
また誰がこのサイクルを回すのか、という責任の所在が曖昧なまま、結果だけを厳しく問う。この構造において、社員は「どうすればミスをしないか」という防御的な働き方しかできなくなります。挑戦が消え、停滞が始まり、活気のない組織から、意欲ある社員が順に抜け出していくのは当然の帰結です。
5)文化の欠如:人としての成長を忘れた組織
最後に、最も深い構造的問題は「組織文化」の不在です。 多くの経営者が、スキルの習得や売上の向上を急ぐあまり、「どのような人間として、どう生きるか」という人としての教育を疎かにしています。 木に例えるなら、実(利益)を急ぐあまり、水(教育・投資)をやるべき根っこを放置し、枯らしている状態です。
会社を持続させるのは、システムでも技術でもありません。そこで働く人々の「道徳的行為」や「倫理観」、そして「共に成長しようという文化」です。この文化がない組織では、社員同士の繋がりは希薄になり、会社は単なる「給料をもらうための場所」へと成り下がります。 「この人たちのために頑張りたい」と思える人間関係がない場所から、人は容易に立ち去ります。
結論:離職は「組織からの警告」である
社員が辞めるという現象は、彼らのやる気の問題ではなく、「今の組織構造では、これ以上持続できない」という組織自体が発している警告です。
能力のある社員が、真面目に働き、現場を必死に回している。その裏で、彼らの心が静かに折れていく構造を、経営者は直視しなければなりません。 「個人のやる気」という曖昧な言葉に逃げず、組織の“前提”を見直すこと。 判断基準を明確にし、役割を正しく分配し、人を育てる土壌を作ること。この「経営の道理」に立ち返らない限り、どれほど求人広告に資金を投じても、組織のバケツに開いた大きな穴は塞がらないのです。
※「人が辞める理由は、やる気でも能力でもない。社員が“安心して踏みとどまれない構造”があるだけだ。」
► 人が辞め続ける会社に共通する“見えない構造”とは