
「今度こそ、うちの会社を変えよう」
そう決意して導入した評価制度や、生産性を上げるための会議ルール。導入初日の説明会では、社員たちの顔にいくぶんかの緊張感と、微かな期待が混じっているように見えます。社長自身も「これで組織が自走し始める」と手応えを感じる瞬間です。
しかし、一ヶ月が過ぎ、三ヶ月が過ぎる頃、熱量は音を立てずに引いていきます。
気づけば、提出されるはずの報告書は空欄が目立ち、形骸化したチェックリストだけが棚に並ぶ。そして半年後には、誰もその制度の名を口にしなくなる。
「結局、うちの社員にはまだ早かったのか」
「あんなに費用と時間をかけて準備したのに、なぜ元に戻ってしまうのか」
多くの経営者が、この「元の木阿弥」という現象に頭を抱えています。しかし、現場を深く観察してみると、そこには社員のやる気や能力とは全く別の、組織が持つ強力な「復元力」が働いていることに気づかされます。
現場が「何も言わずに」元の場所へ帰る理由
制度が形骸化していくプロセスは、劇的な崩壊ではありません。むしろ、非常に穏やかで、静かな「逆流」です。
導入直後は、社長の手前、皆が新しいルールに従います。不慣れな操作に戸惑いながらも、マニュアルを読み、会議で発言しようと試みます。しかし、日常の業務が押し寄せてくると、少しずつ「例外」が発生し始めます。
「急ぎの案件だから、一旦ルールは横に置いておこう」
「この判断は、制度上のフローを通すより、社長に直接聞いたほうが早い」
こうした小さな妥協が積み重なると、現場の空気は一変します。社員たちは「あ、今まで通りでいいんだ」という合図を、敏感に察知するのです。彼らは制度に反対しているのではありません。ただ、元に戻るほうが「安全で効率的だ」と判断しているに過ぎません。
なぜ、彼らは新しい仕組みよりも、これまでのやり方を選ぶのでしょうか。
それは、組織の構造そのものが、新しい制度を「異物」として排除しようとするからです。
例えば、どれほど立派な評価制度を入れても、最終的な判断が常に社長お一人に集中していれば、社員は制度の基準よりも「社長の顔色」を優先します。また、現場に「権限」は与えても、失敗した時の「責任」だけを負わせるような空気が残っていれば、誰も自発的に動こうとはしません。
「慣れた組織に、慣れた社員。これでは、いくら制度を入れても、最後は必ず元に戻る」
この言葉が示す通り、箱(制度)だけを新しくしても、中身の力学が変わらなければ、組織は心地よい元の形へと収束していくのです。
「任せた」という言葉の裏側にある不信感
制度が定着しない会社の多くに共通しているのは、社長の「関わり方」の矛盾です。
「これからは君たちに任せる。主体的に動いてほしい」
社長は本気でそう言い、権限委譲を謳った制度を導入します。しかし、いざ現場が動き出し、社長の意図とは少し違う方向に進んだり、小さなミスが起きたりすると、つい口を出してしまいます。
「いや、そこはそうじゃない。私の言う通りにやってくれ」
この一言で、積み上げてきた制度は一瞬で崩れます。社員にとっての正解が「制度のルール」から「社長の納得」にすり替わるからです。一度でもこの経験をすると、管理職は自ら判断することを止め、社長の意向を現場に流すだけの「伝書鳩」へと退化します。
社員たちも、馬鹿ではありません。彼らは賢明に「様子見」を覚えます。
「どうせまた、社長が鶴の一声で変えるだろう」
「新しいことをやって目立つより、波風を立てずにやり過ごすほうが得策だ」
こうした冷ややかな視線が、制度という名の仏に魂が入るのを阻んでいるのです。
制度が文化として根付く前に止まってしまうのは、社員の意識が低いからではありません。社長の「覚悟」が、どこかで途切れてしまうからに他なりません。現場が失敗し、効率が一時的に落ちることに耐えきれず、結局社長が自らハンドルを握り直してしまう。その瞬間、組織の自走は止まります。
制度の問題ではなく、構造と向き合う
もし、貴社の制度が機能していないと感じるなら、それは制度の中身をブラッシュアップするタイミングではないかもしれません。むしろ、以下の問いを自分自身に投げかけてみる必要があります。
・判断の基準が、制度ではなく「特定の個人」に依存していないか
・失敗を許容するコストを、経営が受け入れているか
・管理職が「判断する苦しみ」から逃げ、社長に判断を仰ぎ続けていないか
多くの社長は、社員に「もっと当事者意識を持ってほしい」と願います。しかし、当事者意識とは、制度によって与えられるものではなく、自分たちの判断が実際に組織を動かしているという「実感」からしか生まれません。
「制度」とは、組織のOSを書き換える作業です。古いOS(社長一極集中型の構造)の上に、新しいアプリケーション(評価制度やルール)を載せても、動作は重くなり、やがてフリーズして強制終了するだけです。
大切なのは、制度というツールを使って、社長と社員の「関わり方の構造」をどう変えるか、という一点に尽きます。
それは、社長にとっては「何もしない、口を出さない」という、現場で戦うよりも過酷な試練かもしれません。しかし、そこを乗り越えない限り、どれほど優れた制度を導入しても、組織はまた、かつての「慣れた形」へと静かに戻っていくことになるのです。
制度を入れても、時間とともに元に戻ってしまう。
もし今、その違和感を少しでも感じているなら、
問題は制度ではなく、会社の「構造」そのものかもしれません。
なぜ多くの会社が同じ場所に戻ってしまうのか。
その原因と、立て直すための視点を、全国の経営者向けにまとめています。